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日本人も無関係とは言えない…サンチャゴ要塞の歴史

キレイに整備されている

フィリピンのマニラにはサンチャゴ要塞というかつての防衛拠点があります。
こちらはマニラ地区に位置しており、同地区にはリサール公園もあります。

イントラムロスの北の端に位置している要塞は多くの植物が植えられていて、とてもキレイに整備されています。

植民地時代に実際に使われていた建物が復元されており、敷地内にはリサール記念館があります。
リサールとはフィリピンの国民的英雄であり、今でも親しまれています。

サンチャゴ要塞ができたのは16世紀のことであり、フィリピンの歴史を語る上でとても重要な場所です。

軍事拠点として利用されてきた歴史があり、刑務所もありました。
第二次世界大戦中には多くの捕虜がこちらで殺害されたという暗い過去もあります。

要塞の中には建物や博物館、トンネル、地下牢があり一日かけてじっくりと観光できます。

第二次世界大戦の際に大きな被害を受けたのですが、現在ではメインゲートが再建されており、かつての姿を取り戻しています。

メインゲートの上には聖ヤコブの木製彫刻があります。

リサールはフィリピン独立のために活動をしたのですが、結局サンチャゴ要塞に投獄されてしまい、処刑されるまでの2ヶ月間をこちらで過ごしました。

展示品を見ればリサールのことがよく理解できるようになるでしょう。
リサールの遺骨まで展示されています。

サンチャゴ要塞の歴史

サンチャゴ要塞が建てられたのはスペインがこの土地を占領したからです。
フィリピンに最初に到着したのはマゼランであり、この土地を植民地にしようとしたのですが、なかなか上手くいきませんでした。
原住民との戦いが起きて、1565年にはセブ島に基地を置きました。

そして、1571年になるとマニラにサンチャゴ要塞を建てました。
当時は竹や木、土などによって要塞を建てたのですが、これは中国の海賊によって破壊されてしまいました。
その後、1592年には石垣による砦が作られて、1606年にはさらに高い石垣で囲いました。

アメリカとフィリピンの戦争が起きた時にもこちらの要塞は使われていました。
太平洋戦争の際には日本軍がフィリピンを占領して、サンチャゴ要塞は司令部として使用されました。

1945年には日本軍とアメリカ軍との戦いによってサンチャゴ要塞は瓦礫の山となりました。

この戦いの時にサンチャゴ要塞の地下牢に捕らわれていた捕虜600名が溺死させられています。
現在では観光スポットとして多くの方が訪れています。

日本人にとってもまったく無関係の場所ではなく、むしろ日本人もきちんとこの場所を訪れる責任があるでしょう。
観光の際にはフィリピンの過去の歴史をきちんと勉強して、サンチャゴ要塞がどういった場所であるのかを理解しましょう。